海水を鍋に入れ、ずっと煮詰めれば塩が残る。理屈としては分かりやすいのに、昔の塩づくりでは、わざわざ砂に海水をまく工程がありました。遠回りに見えるこの作業には、火を使う前に水分を減らす役割があります。

石川県の珠洲製塩が2026年10月4日にXへ投稿した製塩動画が注目されています。海水を煮るための燃料が話題になった投稿を受け、同社が自社の工程を映像で紹介したものです。砂の上での作業と釜の作業をつなげて見ると、台所で何気なく使う塩にも、土地の気候と工夫が詰まっていることが分かります。
そう!海水でただ煮詰めるだけでは大変なんです!一方で日本では天日塩を作れるような日照時間もありません。
そこで生まれたのがあげ浜式製塩です!海水を天日で濃くしてから煮る!
ということで1分20秒でわかる動画をご用意しました https://t.co/4ZNLHTNNPE pic.twitter.com/ZSXjdoY8ay— 株式会社 珠洲製塩【公式】 (@suzuseien) October 4, 2026
砂を使うのは濃い塩水を集めるため
今回の動画で紹介されたのは、揚げ浜式製塩です。表記は資料によって揚浜式、あげ浜式ともなります。海面より高い場所につくった塩田へ海水を運び、砂にまいて、太陽と風の力で水分を蒸発させる。出発点はここです。
砂に付いた塩分は、そのまま商品になるわけではありません。乾いた砂を集め、海水を通して塩分を溶かし出します。そこで得られるのがかん水と呼ばれる濃い塩水です。砂を使う工程は、塩の結晶を取り出す前の「濃縮」に当たります。
珠洲製塩の工程説明では、砂を薄く広げて筋をつけ、海水をまき、乾燥後にたれ舟へ集める手順が示されています。同社は、ここで得るかん水の塩分濃度を10~15%と説明しています。これは同社の説明にある範囲で、どの季節、どの塩田でも必ず同じになるという意味ではありません。
たれ舟は、砂と海水を使って濃い塩水を集める装置です。塩事業センターの歴史解説では、同様の役割を持つ装置を沼井と呼んでいます。資料に違う名前が出てきても、砂に残した塩分を水へ移す工程だと押さえれば、全体の流れを追いやすくなります。
海水をそのまま煮ると何が大変なのか
海水には塩分が含まれていますが、大部分は水です。塩事業センターは、日本の製塩の特徴を説明する中で、海水の塩分濃度をおよそ3%として紹介しています。少量の塩を得るためにも、それよりずっと多い水分を取り除かなければなりません。
そこで、釜に入れる前に濃い塩水をつくります。同じ量の塩分を取り出すなら、薄い海水を大量に煮る場合より、先に水分が減ったかん水を煮る方が、火に任せる仕事を小さくできます。砂を運ぶ手間が加わっても、太陽や風に蒸発の一部を担ってもらう意味があるのです。
例えば、煮物を少量に煮詰める場面を考えると、初めから水が多ければ時間がかかります。製塩も水を減らす点は似ていますが、規模も設備も目的も違います。家庭の鍋の感覚だけで、産業としての燃料費や所要時間まで計算することはできません。
SNSの短い説明では、塩づくりが「煮るだけ」「太陽だけ」という二択に見えることがあります。揚げ浜式では、自然の力による濃縮と、加熱による結晶化が組み合わされています。工程を二段階に分けて考えると、一見余分な砂の作業が必要な理由もすっきりします。
釜に入れた後にも仕事が続く
珠洲製塩は、かん水を大釜でさらに濃縮し、ろ過を経て平釜で煮詰める工程を紹介しています。塩が結晶になったら釜から上げ、余分なにがりを抜いて乾燥させます。最後には異物が入っていないか確認しながら袋詰めをする、と説明しています。
つまり、海水が塩の結晶になった瞬間が製品づくりの終わりではありません。結晶を取り出し、液体を分け、乾かし、確認して届けられる形にする必要があります。動画の華やかな場面だけでなく、こうした仕上げの工程まで見ると、商品になるまでの距離を感じられます。
にがりと塩も同じものではありません。結晶を取り出した後の液体と、袋詰めされる食塩は分けて扱われます。工程の中に複数の成分が登場するからといって、特定の塩に健康効果があると直結させることはできません。製法の違いを、健康効果の保証と結びつけないことが大切です。
塩を選ぶ場面では、産地や工程だけでなく、料理での使いやすさ、粒の状態、価格なども関係します。作り手の説明は製法を理解する資料になり、食べる人の好みは別にあります。伝統的だから誰にとっても同じようにおいしい、と結論を急がなくても、その工程の面白さは十分に伝わります。
同じ海の塩にも別の濃縮方法がある
珠洲製塩は揚げ浜式に加えて、流下式も採用しています。こちらは海水をすだれや竹の枝、ネットなどに散布し、太陽と風で水分を減らす方法です。同社の説明では、濃縮した海水を煮て、ろ過と仕上げの工程へ進めます。
塩事業センターが紹介する歴史をたどると、砂を使う入浜式、立体的な設備を使う流下式、イオンの性質を利用する膜による濃縮など、さまざまな方法が登場します。海水から塩分を集めるという目的は共通していても、水を減らす手段や必要な土地、設備、人手が異なるのです。
揚げ浜式と入浜式の違いも、名前だけでは分かりにくい部分でしょう。海水を塩田へ持ち上げてまく揚げ浜式に対し、歴史的な入浜式では潮の満ち引きなどを利用して海水を取り込みました。同じ「塩田」でも、海水をどのように供給するかが違います。
ここで伝統的な方法と現代の方法を、優劣だけで比べる必要はありません。大量の塩を安定して供給する仕組みと、地域に根付いた作業を続ける仕組みには、それぞれ異なる役割があります。どちらも濃縮と結晶化をどう進めるかという課題に向き合ってきた、と見る方が技術のつながりを理解できます。
砂は使い捨ての材料ではない
同社の工程では、かん水を運び終えた後、たれ舟を分解して砂を塩田へ戻します。砂を毎回捨てているわけではなく、海水から塩分を集める場所として再び広げるのです。乾いた砂を集める動きと、元へ戻す動きを一続きで見ると、塩田を繰り返し使う仕事の形が分かります。
海水をまく、乾燥を待つ、砂を集める、塩分を溶かし出す。この順番を追うだけでも、塩づくりが釜の前だけで完結しないことが伝わります。自然の力を使う部分と、人が道具で整える部分が交互に現れるのが、この工程の特徴です。
能登の動画を日本の全てへ広げすぎない
日本は雨や湿度の影響を受けるため、乾燥した地域で広い池を使う天日製塩と同じ条件ではありません。ただし、日本の塩づくりを一つの工程だけで説明するのも正確ではありません。地域や設備による違いがあり、今回の動画は珠洲製塩が紹介した揚げ浜式の一例です。
また、珠洲製塩と、珠洲市内の別の製塩施設や観光施設は、名前や地域が近くても同じ運営主体とは限りません。個別の施設の営業日、製造量、復旧状況を、他社の投稿から推測することはできません。見学や購入を考えるなら、目的の施設・事業者の最新案内を確かめる必要があります。
動画を見るときには、砂が広げられる場面から、濃い塩水を集める場面、釜で結晶を取り出す場面へ、順番に追ってみてください。「なぜ砂なのか」という最初の疑問が、燃料、気候、道具の工夫へとつながっていきます。
食卓の小さな塩の粒は、海水がそのまま姿を変えただけではありません。水分をどう減らし、塩分をどう集め、食べ物としてどう仕上げるか。その積み重ねを映した今回の投稿は、身近な調味料の裏側に目を向けるきっかけになっています。